破壊されたウクライナの世界最大の航空機「An-225ムリーヤ」とは?
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「ホストーメリ空港がロシア軍から攻撃を受けた。」

ウクライナから世界へ衝撃のニュースが発信された。

これはロシアによる軍事侵攻開始から、わずか4日後の出来事だった。

その日、ウクライナ・キエフ北部に位置するホストーメリ空港には世界最大にして唯一無二の飛行機An-225が駐機していた。

アントノフ設計局が開発した超大型の輸送機であるAn-225は旧ソビエト連邦の再使用型宇宙往還機「ブラン」を輸送したことで有名であるが、災害時には復興支援物資の輸送にも使用され、世界中で貢献した。

大災害後の混乱の中、沢山の救援物資を載せて飛んでくるその姿は、被災者にとってヒーローそのものだっただろう。

世界中の人々が親しみを込めてAn-225を「ムリ―ヤ」と呼んだ。

ムリ―ヤとは、ウクライナ語で「夢や希望」を意味する。

世界中に夢や希望を届けたムリ―ヤは、一体どのような機体だったのだろうか。

今回は、 An-225 ムリーヤの特徴や性能、ロシアの攻撃により破壊された経緯、そして、 ムリーヤ過去の活躍について解説していこう。

しまかぜ

無残に破壊されたAn-225ムリーヤの動画もあるので見てね!

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世界最大の航空機 An-225 ムリーヤの特徴

An-225は全幅88.74m、全長84.00mという驚異的な大きさで初飛行から現在まで世界最大の飛行機と称され、数多くのギネス世界記録をもっている。

その規格外の設計は、開発期間を短くするためにルスラーンの愛称で親しまれる同局のAn-124を基に開発が進められた。

An-225には大きな機体を支えるべく、6基のエンジンが備え付けられ、タイヤは前に4個、後ろに28個の計32個備え付けられている。

また、尾翼はH型の双尾翼になっている。

これは、ブランを搭載した際の後流の影響を小さくするためである。

機体の大きさと装備品により、最大離陸重量は640tにもなるので、軽量化のために後部搬入口は廃止された。

An-225は開発や運用の背景も特徴的である。

1980年代後半、ソビエト連邦では宇宙進出に力をいれており、宇宙に繰り返し打ち上げることが可能な再使用型宇宙往還機「ブラン」の開発が進められた。

しかし、当時はブランを輸送する方法がなかったためにAn-225の開発が計画されることになった。

そして胴体上部に250tもの大型貨物を載せることのできる超大型輸送機が完成した。

1988年12月21日に初飛行を遂げ、その翌年にブラン輸送に見事成功したが、ソビエト連邦の崩壊による混乱や宇宙開発の中断のため運用予算が打ち切られ、最初で最後の機体となった。

ソビエト連邦崩壊後、An-225はウクライナの工場に放置され、An-124やAn-70の修理のために主要パーツが次々と外されていった。

しかし、1999年にAn-124が大型貨物の運用をビジネスとして成功させ、2001年にAn-225を商用機として復活させることを発表した。

そして、約1年間の修理を経て、ヨーロッパを中心に運用を再開したのだ。

商用機として運用を開始したため、70人分の座席しかないが、もしAn-225を旅客機として運用した場合、乗客は1,500~2,000人を乗せることが可能であると言われている。

塗装は2009年7月末の3度目の変更を終え、白い機体の下部に黄色と青色のラインが入っている。

黄色と青色を用いたその機体はウクライナの国旗と共通していることから、ウクライナを感じさせるデザインになっている。

そんな、世界に一機しかない貴重な航空機をロシアが攻撃したというショッキングなニュースが飛び込んできた。

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ロシア軍がAn-225 ムリーヤを破壊

2022年2月5日、An-225はADB3120便としてデンマーク・ビルン空港発キエフ郊外のホスト―メリ空港着の飛行を終え、修理のためにホスト―メリ空港にそのまま駐機していた。

その約3週間後の2月24日、ロシアのプーチン大統領が「ウクライナ政府により、8年間虐げられてきた人々を保護する」と発表した。

その数分後にウクライナ各地の主要都市であるキエフ、ハリコフ、オデッサ、ドンバスで爆発があったと報告された。

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始したことが確認された。

侵攻開始後、各国が制裁を加えるもロシアの攻撃は止まるどころか激しくなっていった。

ホストーメリ空港は27日にロシア軍の空挺部隊によるヘリボーン作戦によって攻撃され、占拠された。

攻撃のすぐあとにAn-225の駐機する格納庫が炎上している画像が拡散され、機体が破壊されたのではないかという説が浮上した。

同日、ウクライナ政府のTwitterアカウントでAn-225が破壊されたことを公式に認め、発表するとともに、将来的に修復をすることを表明した。

炎上がおさまるまでには時間がかかり、その時点ではAn-225がどのような状態にあるのかはわかっていなかった。

そして、3月4日にロシアの国営テレビの中継により、完全に破壊されたAn-225の機体が放送された。

放送では、機首が地面に落ち、胴体部分やエンジンが大きく損傷したAn-225の姿が確認された。

An-225はもともと生産数が2機であり、1機は2006年に計画が発表され、2008年に完成の予定だったが、2009年8月の時点で作業のうち60~70%が終わっていたものの未完成のまま放棄され、キエフの工場の格納庫で予備役として保存されている。

この機体を完成させるには追加で3億ドルの資金が必要であると言われており、An-225が破壊されたことで、この機体の開発が再開されるのではないかと予想している人もいる。

An-225は、その巨大な機体と輸送能力により、災害派遣のため日本にも訪れたことがある。

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日本を救ったAn-225 ムリーヤ

ウクライナと日本の距離は8167㎞もあるため、An-225はどこか遠い国のあまり関係のない飛行機の話かと思われがちかもしれないが、なんと日本にも何度も訪れている。

An-225は主に、成田国際空港と中部国際空港に飛来することが多かった。

初めて日本に飛来したのは2010年2月9日で、同年1月12日にハイチ共和国を襲ったマグニチュード7.0のハイチ大地震の復興支援で使用する重機など計100トン以上の支援物資を輸送する目的で防衛省の要求で使用した。

その際は、千葉県に位置する成田国際空港に着陸した。

2度目は同年の6月21日であり、タイを出発したAn-225が給油を目的とするテクニカルランディングで愛知県に位置する中部国際空港に着陸した。

また、日本に大きな混乱をもたらした2011年3月11日の東日本大震災の時にもAn-225は日本に飛来している。

この時は、フランスからの救援物資150tや福島第一原発事故のためのコンクリートポンプ車を載せ、成田国際空港と宮城県に位置する仙台空港に着陸した。

このように日本もAn-225に救われた一つの国なのである。

最新の飛来は2020年であり、5月23日と29日の2度中部国際空港に飛来した。

新型コロナウイルスのパンデミック禍であった、この時も給油を目的とするテクニカルランディングであり、中国・天津を出発し、カナダに向かう途中で立ち寄った。

多くの国を訪れるAn-225に助けられた国も多く、世界中のヒーローともいえるこの航空機をロシアが破壊したのだ。

2020年にポーランドに発飛来した際には、着陸空港を一度低高度で通過、旋回し、着陸した。

このようにAn-225は人々を助けるだけではなく、人々を楽しませる存在でもあった。

そのため、日本に飛来した際も航空ファンをはじめ、多くの人がその姿を一目見ようと空港に駆け付けた。

An-225ムリーヤ  復活にむけて

An-225は何度も人々を助け、楽しませた。

夢や希望という意味の「ムリ―ヤ」の愛称の通り、An-225は世界中の人々に笑顔など、物資以外のものも届けていたと言える。

そんな世界にたった一機しかない超大型輸送機が老朽化などではなく、あまりにも悲しい形で破壊されてしまった事実は、今後多くの人から語り継がれていくだろう。

また、我々はこのような素晴らしい航空機が存在していた事実を決して忘れてはならない。

我々が忘れない限り、An-225は心の中で今もなお飛び続けるだろう。

An-225が、今後どうなるのかはまだ分からないが、どうにか修復され、また世界中を飛び回る姿を見ることができると信じよう。

ずっと未完成のまま放置されている2機目が、これを機に完成に向けて開発が再開され立派に活躍している未来に期待して。

 

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