A,B,C級戦犯の違いとは?昭和天皇がA級戦犯でない2つの秘密

「戦争映画」は、ただ国同士が争う映画ではない。

迫力ある戦闘シーンだけでなく、涙なしには語れない数々の人間ドラマがある。

数ある戦争映画の中でも、今回は実話を元にしたエピソードのみを厳選して紹介する。

一度は見ておきたい実話の戦争映画5選!

「A級戦犯」という言葉を聞いたことがあるだろう。

しかし、その意味を「戦争の主犯級人物のこと」を意味する言葉だと思っていないだろうか?

現代において、残虐な事件が起きた場合、1級殺人、2級殺人というレベルで分類されることがある。

しかし、戦犯は残虐性や責任の重さで分類されているわけではない。

A級戦犯の他にB級、C級があり、簡単にまとめると

A.平和に対する罪
B.戦争犯罪
C.人道に対する罪

ということになる。

つまり、罪の深さでカテゴライズされているわけではないのだ。

では、具体的にどのような行為によりA,B,Cに分類されるのだろうか?

今回は、A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯の具体的な意味と罪の重さについて、また戦争責任者と言われる昭和天皇が戦犯に問われなかった理由について解説していこう。

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A級戦犯 平和に対する罪

第二次世界大戦終結後連合国は戦争計画に参画した日本の軍人や政治家を裁判にかけた。

彼らはA級戦犯と呼ばれ、全員が死刑などの有罪となった。

罪状は「戦争計画、準備、遂行などの行為に加担した者や、戦争を達成する為の共同の計画や謀議に参画した者」である。

つまり、侵略戦争を始めたことによる平和に対する罪を犯した者を指している。

では、誰が決定したのか?

それは、戦勝国となった連合国の軍事裁判で決定された。

大戦後、戦争開始そのものが国際社会の公の秩序を乱す犯罪行為として考えられ、侵略戦争の準備、計画、遂行、共同諜議を行ったかどうかで処罰が決まると言うものであった。

126人の軍人や政治家をA級戦犯として逮捕され、その内28名が起訴され、7名が処刑された。

先の戦争の責任は昭和天皇にもあるという考えがめぐる。

「国民から神とあがめられていた天皇は戦争をやめさせることができたのに、何もしなかった」とイギリスは批判した。

しかし、A級戦犯に昭和天皇は含まれていない。

なぜ、昭和天皇はA級戦犯にならなかったのか、2つの理由が考えられる。

1つ目はポツダム宣言の第4条の文中に、大日本帝国全体が「我儘(わがまま)ナル軍国主義的助言者」により、誤った道へと導かれたということになっている。

この意味は、天皇を含む多くの日本人が軍部の勝手な動きで振り回され、最終的に皆が軍部に騙されたせいで、日本は滅亡の道へと引きずり込まれたという意味になる。

この考えから、天皇も騙されていた1人なので処罰を受けなかったということである。

2つ目は、アメリカがこれから行う日本の統治の事を考えると、国民から神とあがめられていた天皇をA級戦犯で処刑でもしようものなら、1億人の日本人を1人残らず敵に回すことになってしまう。

これでは、日本を占領しても日本国民との間でまた何らかの問題が出てくる可能性が高いと考え、日本の統治を円滑に進めるためにも天皇を処罰することはできなかったと考えられる。

いずれにしても、日本国民を上手く手懐けるために天皇を生かしながら、飼い殺しのように利用していたのである。

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B級戦犯 戦争犯罪

B級戦犯は「敵兵や敵国民に対する大量殺人や虐待など」を行った者に対する罰です。

A級戦犯とは異なりB級戦犯は「通例の戦争犯罪」を起こした者を示す。

戦後、日本ではB級戦犯として起訴された者はGHQによって横浜やマニラなどの49ヶ所の軍事法廷で裁かれた。

被告人は約5700人で死刑判決は約1000人だったと言われている。

東京裁判ではA級戦犯の処罰を免れたもののB級戦犯としての追訴理由で有罪になった者もいる。

その中のひとりが旧大日本帝国陸軍大将である松井石根氏であった。

B級戦犯に処された者は主に作戦行動における指揮官や監督にあたる士官であり、部隊長でもあった。

当然、日中戦争や太平洋戦争で残虐行為を行った容疑のある部隊の中隊長や大隊長、連隊長がB級戦犯の対象となっている。

日本側が裁かれるB級戦犯においては日本統治下の半島や台湾で帝国軍の軍人として戦争に参加していた朝鮮人や台湾人もその対象になっていた。

連合国側が南方の捕虜収容所の管理や監視に軍属として扱われていた兵士に朝鮮人や台湾人がいたことから彼らを「敵国に使われた臣民」とみなして同じ日本人として法廷で裁いた。

上官の命令に服従した行為であっても責任を免責できなかったことから朝鮮人や台湾人もB級戦犯として裁かれる要因となった。

その中で朝鮮人で裁かれた者3人は軍人で、残りのほとんどは通訳だったと言われる。

16人が中華民国の国民政府によって裁かれ8人が処刑された。

その他、ジャワで婦女子や民間人を抑留する収容所の管理と監視をしていた軍属の朝鮮人がオランダ法廷で戦犯となった。

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C級戦犯 人道に対する罪

A級戦犯「平和に対する罪」B級戦犯「通例の戦争における罪」とは別に裁かれる「人道に対する罪」に該当する者を指す。

日本側で主に裁かれたのは日中戦争における現地住民に対する残虐行為や人権侵害、太平洋戦争における捕虜の拷問や虐待などの容疑があるものがC級戦犯として裁かれることになった。

例としては栄養失調になった捕虜のアメリカ兵に「ごぼう」を食べさせてあげたのに、木の根っ子を食べさせられたと当時のアメリカ兵が申告したり、肩こりや腰痛に苦しむ捕虜に灸を据え

て看護したことを「火炙りにされた!」と主張されたことによって当時の日本兵が有罪判決を受けた一例がある。

C級戦犯は、日本人においては、ほとんど適用されていない。

本土において空襲や機銃掃射任務で撃墜された米軍のパイロットがパラシュートで降りて捕虜になった後、国民の士気や怒りを解消するために婦女子と共に竹槍や農業工具を用いて公開の集団リンチを行った。

「公開処刑で軍刀や日本刀を用いた兵士の捕虜を見せしめにして虐待することが蔓延していた」と捕虜になっていたアメリカ兵や本土防衛に努めていた日本兵が語る。

それらの事件や人道に対する罪を計画、命令、遂行した旧日本軍の幹部が法廷で裁かれ、命令に従った兵士も死刑にされたケースもあった。

特に軍部に通じていた者や米兵集団リンチでまとめ役だった者もC級戦犯にかけられたり、逃亡中に逮捕されることがあったぐらいだった。

その他で有名なのが731部隊による人体実験において、ほとんどが人道に対する罪で裁かれるものの研究データと引き換えに死刑判決や終身刑を免れた者もいる。

実際、語られていないだけで人道に対する罪に関して中国国民党や中国共産党によって死刑判決が下されて最終的に処刑されたエピソードもある。

勝てば正義、負ければ悪

今回に関しては第二次大戦における戦犯について触れてきたが、いまだに日本政府やGHQが日本国民や在日朝鮮人の血を引いた人々に知られたくはない闇があるのは事実であると言われている。

戦犯では東條英機や小磯國昭が裁かれたことが歴史の教科書や文庫に載っていることで有名だが、原子爆弾を広島と長崎に落として民間人に莫大な被害を与えられたことに関しては深く触れられていないのが現実である。

要するに戦争は勝てば正義であり官軍、負ければ悪であり賊軍となるのはいつの時代でも変わらないと思われる。

昔も今も戦争に対する偏った報道が多く、悲しくも現実であり、強大な国の都合の良い報道しかされず、戦犯の話となれば一方的に負けた国が全て悪いことになるのである。

「戦争映画」は、ただ国同士が争う映画ではない。

迫力ある戦闘シーンだけでなく、涙なしには語れない数々の人間ドラマがある。

数ある戦争映画の中でも、今回は実話を元にしたエピソードのみを厳選して紹介する。

一度は見ておきたい実話の戦争映画5選!